18歳の学生が始めた小さなインターネット事業。その会社が今、日本のAI開発を支える企業として注目されています。
2026年10月28日、さくらインターネット(3778)が発表した中間決算は、前年同期の営業赤字から黒字へ転換しました。
AI関連企業として知られる同社ですが、実際にはどんな仕事をしているのでしょうか。
その答えを探すため、30年前までさかのぼってみましょう。
舞台は1996年の秋葉原。
一人の学生が体験した、インターネットの小さな驚きから物語は始まります。
🌸 第1章|すべては秋葉原のパソコンショップから始まった
18歳の学生が感じた驚き
1996年。
まだインターネットが一般家庭に広く普及していなかった時代です。
秋葉原のパソコンショップに、インターネットを体験できるコーナーがありました。
そこを訪れたのが、当時18歳だった田中邦裕さんです。
田中さんは、そのパソコンから、遠く離れた舞鶴工業高等専門学校に置いてある自分のサーバーへアクセスしました。
すると、秋葉原のパソコンに、舞鶴のサーバーから応答が返ってきました。
今なら当たり前のことですが、当時の田中さんにとっては、大きな衝撃だったといいます。
遠く離れた場所にあるコンピューターが、インターネットを通じてつながる。
その体験が、将来につながるきっかけになりました。
「お金を払ってでも使いたい」
田中さんは、学生時代に自分でサーバーを構築し、学内で利用できるようにしていました。
やがて利用者が増え、学校からサーバーの撤去を求められることになります。
ところが、利用者の中には「お金を払ってでも使いたい」という人がいました。
そこで、プロバイダーの協力を得て、サービスを事業化することになったのです。
1996年12月23日。
学生寮の一室から、レンタルサーバーサービスが始まりました。
これが、さくらインターネットの原点です。
最初から大企業を目指していたわけではありません。
自分が面白いと感じた技術を、多くの人に使ってもらいたい。
そして、そのサービスを続けていきたい。
誰かの「使いたい」という声から生まれた会社。
その姿勢は、現在の事業にもつながっているように感じます。
💻 第2章|インターネットの裏側を支える仕事
ホームページの情報は、どこにある?
普段、私たちが見ているホームページやネットショップ。
そこに表示される文章や写真は、どこに保存されているのでしょうか。
実は、インターネット上のサービスを動かすためには、情報を保存したり、利用者からの要求に応えたりするコンピューターが必要です。
それが「サーバー」です。
例えば、小さなお店がホームページを開設したいとします。
自分で専用のコンピューターを購入して、24時間動かし続けるのは大変です。
故障への対応や通信回線の管理にも、専門的な知識が必要になります。
そこで役立つのが、レンタルサーバーです。
専門の会社が管理するサーバーを借りれば、自分で設備を用意しなくてもホームページを公開できます。
さくらインターネットは、こうしたサービスを長年提供してきました。
レンタルサーバーからクラウドへ
インターネットの利用が広がるにつれて、企業が必要とするコンピューターの使い方も変わっていきました。
例えば、ネットショップがテレビで紹介され、突然注文が増えたとします。
そんなとき、必要な処理能力を柔軟に増やせたら便利ですね。
そこで広がったのが、クラウドという仕組みです。
クラウドでは、コンピューターの処理能力やデータの保存場所などを、ネットワークを通じて必要に応じて利用できます。
さくらインターネットも、レンタルサーバーに加えてクラウドサービスを展開するようになりました。

自分たちで設備を持ち、サービスを作る
さくらインターネットの特徴は、サービスを販売するだけではないことです。
データセンターの運営から、サーバーやネットワークの管理、サービス開発、利用者へのサポートまで、幅広い仕事を自社で手がけています。
こうした仕組みは「垂直統合型」と呼ばれます。
自分たちで設備を運営するからこそ、現場で得た経験をサービスの改善に生かしやすいのです。
その一方、設備や人材を自社で抱えるため、投資負担も大きくなります。
では、さくらインターネットは、その設備をどこに置いているのでしょうか。
🏔️ 第3章|なぜ北海道に巨大なデータセンターを造ったの?
さくらインターネットを調べると、必ず登場する場所があります。
北海道石狩市です。
ここには、同社が2011年に開設した「石狩データセンター」があります。
データセンターとは、多くのサーバーや通信設備を、安全かつ安定して動かすための施設です。
北海道の冷たい空気を利用する
コンピューターを動かすと、熱が発生します。
データセンターでは、大量のサーバーが24時間動き続けるため、冷却にも多くの電力が必要です。
そこで役立つのが、北海道の冷涼な気候です。
石狩データセンターでは、外の冷たい空気を利用してサーバーを冷却する仕組みを取り入れています。
また、敷地面積は約5万平方メートル。
東京ドーム約1.1個分に相当する広さがあり、需要に合わせて設備を増やせるよう整備されています。

雪を吹き飛ばすはずの屋根が……
しかし、北海道でのデータセンター運営は、最初から順調だったわけではありません。
建設時には、雪を風で吹き飛ばすような屋根の形状を考えました。
ところが、実際に運用すると予想外の問題が発生します。
サーバーから発生する熱で屋根の雪が溶け、その水が再び凍って、搬入口につららができてしまったのです。
そこで、後に建設した建物では屋根の形状を変更しました。
また、2011年の東日本大震災を受け、通信回線の経路も見直されました。
石狩と東京を結ぶ通信の安定性を高めるため、日本海側のルートを追加したといいます。
大きな設備を造るだけでなく、実際に運用し、問題を見つけ、改良していく。
こうした経験の積み重ねも、さくらインターネットの強みの一つなのでしょう。
そして、このデータセンターが、後にAI向けの高性能コンピューターを支える場所にもなっていきます。
🤖 第4章|AIを作る会社ではなく、AIを支える会社
最近、さくらインターネットが注目される理由の一つが、AI向けのGPU事業です。
GPUとは、もともと画像処理などに使われてきた半導体です。
現在では、大量の計算を同時に処理する能力を生かして、AIの開発や利用にも広く使われています。
特に、大規模な生成AIの開発には、高性能GPUが大量に必要になる場合があります。
しかし、最新のGPUは高価です。
購入するだけでなく、電力や冷却、運用のための設備も必要になります。
すべての企業が、こうした環境を自前で用意できるわけではありません。
そこで、さくらインターネットの出番です
例えば、ある企業が新しいAIを開発したいとします。
優れた研究者がいて、画期的なアイデアもある。
でも、AIを学習させるための高性能コンピューターが足りません。
そんなとき、さくらインターネットが提供するGPUサービスを利用できます。
利用企業は、自分たちですべての設備を購入する代わりに、必要な計算環境をサービスとして利用するのです。
さくらインターネットは、その利用に対して料金を受け取ります。
AIの世界にも、さまざまな役割がある
自動車を造る会社があれば、部品を造る会社もあります。
工場を建設する会社や、電力を供給する会社もあります。
AIの世界も同じです。
AIモデルを開発する企業。
AIを使ったサービスを提供する企業。
そして、その開発や利用に必要な計算設備を提供する企業。
さくらインターネットは、主にこの計算基盤を支える役割を担っています。
AIそのものを開発する企業だけでなく、AIを動かすための設備を提供する企業も、AIの普及を支えているのです。
🍓 第5章|イチゴを育てるロボットにも、さくらの技術が使われている
ここで、少し意外な事例をご紹介します。
舞台は、データセンターでも研究所でもありません。
イチゴの栽培です。
AIでイチゴの花を見つける
HarvestXという企業は、ロボットを使ってイチゴの授粉を自動化する技術を開発しています。
イチゴの花を見つけ、適切に授粉する。
言葉にすると簡単ですが、実際には難しい作業です。
花の向きは一つひとつ違います。
葉の陰に隠れていることもあります。
光の当たり方によって、カメラに映る姿も変わります。
ロボットが正確に花を見つけるためには、AIにさまざまな画像を学習させる必要があります。
その学習に、高性能なGPUが役立ちます。
HarvestXは、さくらインターネットのGPUクラウドサービスを利用しています。
公式の導入事例では、GPU環境を活用することでAIモデルの学習時間を短縮し、花の検出精度の向上につなげたことが紹介されています。
AIは、身近な場所にも広がっている
AIというと、文章を作るチャットサービスや画像生成を思い浮かべるかもしれません。
しかし、AIが活躍する場所はそれだけではありません。
農業にも使われます。
医療研究にも使われます。
工場の検査や、新しい製品の開発にも使われます。
そして、その裏側では大量の計算が必要になります。
さくらインターネットの仕事は、私たちの目に直接見えないことが多いのです。
けれども、その技術が、思いがけない場所で新しい挑戦を支えている。
イチゴ栽培ロボットの事例は、そのことを実感できる話ではないでしょうか。
🌱 第6章|AIブームが始まる前から続いていた挑戦
さくらインターネットの歴史を調べると、もう一つ興味深い事実があります。
同社は2016年に、機械学習向けのGPUサービスを開始しています。
現在の生成AIブームよりも前のことです。
つまり、話題になってから急にAI関連事業を始めたわけではありません。
インターネットの利用環境を提供する。
クラウドサービスを広げる。
より高度な計算を必要とする人に、GPUを使える環境を提供する。
こうした取り組みの積み重ねが、現在の事業につながっています。
そして、AIをもっと使いやすくするサービスへ
現在のさくらインターネットは、GPUという計算設備を提供するだけではありません。
「さくらのAI Engine」のように、企業がAIの機能を利用しやすくするサービスも展開しています。
例えば、企業が自社のサービスにAIの機能を組み込みたいとします。
そのために、必ずしも自分たちで高性能GPUを購入し、AIの実行環境を一から構築する必要はありません。
必要なAI機能を、サービスを通じて利用する方法もあります。
これは、計算設備そのものを提供する仕事から、AIを活用するための仕組みを提供する仕事へと、事業領域を広げる取り組みです。
インターネットを使いたい人のためのサービスから、AIを使って新しいことを始めたい人のためのサービスへ。
さくらインターネットの挑戦は、今も続いています。
🇯🇵 第7章|国産クラウドへの挑戦
さくらインターネットを語るうえで、もう一つ欠かせない出来事があります。
ガバメントクラウドへの挑戦です。
政府や自治体もクラウドを利用する
私たちが普段利用する行政サービス。
その裏側には、住民情報を管理したり、さまざまな手続きを処理したりするシステムがあります。
こうしたシステムを、共通のクラウド環境で効率的に運用していくための仕組みが、ガバメントクラウドです。
政府が利用するクラウドには、安定性や安全性など、高い水準が求められます。
さくらインターネットは2023年11月、技術要件を満たすことを前提に、条件付きで採択されました。
しかし、それで終わりではありませんでした。
正式採択までの長い道のり
同社は、求められる技術要件やセキュリティ要件への対応を進めました。
そして2026年3月。
305項目すべての技術要件への適合が確認され、正式に採択されました。
このニュースが注目された理由の一つは、日本国内の事業者が、政府向けクラウドの選択肢に加わったことです。
世界のクラウド市場では、米国の巨大IT企業が強い存在感を持っています。
その中で、日本企業が自社のクラウドを育て、政府の求める技術要件を満たしたことには意味があります。
国産だから、必ず選ばれるわけではない
ここは大切なポイントです。
日本企業であることだけで、利用者が増えるわけではありません。
価格、使いやすさ、性能、信頼性、運用支援など、さまざまな条件で選ばれます。
また、正式採択されたことと、政府や自治体から大きな売上が発生することも別です。
実際にサービスが導入され、継続して利用されて初めて、事業としての成果につながります。
それでも、厳しい要件への対応を積み重ねてきたことは、さくらインターネットの技術力と挑戦を知るうえで重要な出来事でしょう。
国産クラウドの価値は、海外のサービスを否定することではなく、日本の利用者に新たな選択肢を提供できることにもあります。
📈 第8章|30年の挑戦が、決算にも表れ始めた
ここで、冒頭のニュースに戻りましょう。
2026年10月28日に発表された、2027年3月期の中間決算です。
売上高は約228億円。
営業利益は約30億円。
前年同期の営業赤字から黒字に転換しました。
特に成長を支えたのが、GPUインフラサービスです。
なぜ、GPUの利用が増えると利益が改善するの?
例えば、大きなホテルを想像してください。
ホテルを建てるには、多額のお金が必要です。
建物を維持する費用もかかります。
でも、部屋が空いていると、宿泊料金は入ってきません。
一方、多くの宿泊客が利用するようになれば、売上が増え、固定的な費用を賄いやすくなります。
GPUサービスも、考え方は少し似ています。
高価な設備を用意するだけでは、十分な売上は生まれません。
企業や研究機関などに利用してもらう必要があります。
今回、さくらインターネットはGPUの高稼働や提供単価の改善を説明しています。
その結果、売上が大きく伸び、全社の営業利益も改善しました。
もちろん、GPUには電力費や保守費などがかかり、ホテルと同じ仕組みではありません。
それでも、高額な設備を持つ事業では、設備をどれだけ有効に使ってもらえるかが重要だという点は共通しています。
黒字転換はゴールではない
今回の決算は、これまでの取り組みが成果につながり始めたことを示しています。
ただし、今後も利益が増え続けると決まったわけではありません。
新しいGPUへの投資や、サービス開発、人材採用なども必要になります。
それでも、創業時から現在までの歩みを知った後に今回の決算を見ると、数字の意味が少し違って見えてきませんか。
学生寮で始まったサーバーサービスが、30年後にはAI向けの大規模な計算基盤を提供し、その利用拡大が業績にも表れ始めている。
今回の黒字転換は、そんな企業の変化を感じられる出来事でもあります。
🔍 第9章|魅力の裏側にある、成長の難しさ
ここまで、さくらインターネットの歩みと挑戦を見てきました。
しかし、魅力のある企業にも、必ず課題があります。
新しい技術への投資が続く
AIの技術は、非常に速いペースで進歩しています。
高性能GPUを導入しても、数年後にはさらに新しい製品が登場する可能性があります。
そのため、設備の更新や新しいサービスの開発を続ける必要があります。
これは成長の機会である一方、大きな負担にもなります。
世界の巨大企業と競争する
クラウド市場には、世界的な大手企業が存在します。
さくらインターネットがすべての分野で競争に勝てるとは限りません。
国内での運用経験や、顧客に合ったサービスなど、どのような特徴を生かして選ばれていくのかが重要です。
信頼を守り続ける必要がある
インターネットの基盤を提供する会社にとって、安全性と信頼性は欠かせません。
2026年には、不正アクセス事案も公表されています。
会社は調査結果や再発防止策を説明していますが、重要なのは対策を継続し、顧客からの信頼を守ることです。
技術が優れているだけでは、長く選ばれる企業にはなれません。
企業の魅力を知ることは、その会社が向き合う難しさを知ることでもあります。
🌸 エピローグ|これから、どんな挑戦を支えるのか
さくらインターネットの歴史をたどると、一つの共通点が見えてきます。
それは、誰かが新しいことを始めるための環境を提供してきたことです。
ホームページを作りたい人。
新しいサービスを始めたい企業。
AIを研究したい大学。
農業の課題を解決したい技術者。
それぞれが目指すことは違います。
けれども、その挑戦にはコンピューターの力が必要です。
さくらインターネットは、その土台を提供しています。
自分たちが主役になるだけではなく、誰かの挑戦を可能にする。
そこに、この会社の仕事の面白さがあるのではないでしょうか。
もちろん、企業の魅力を知ることと、その株式が今の価格で魅力的かどうかは別の話です。
投資を考える場合には、業績や株価、リスクを改めて確認する必要があります。
それでも、会社の歴史や仕事を知ることには意味があります。
これからニュースで「さくらインターネット」という名前を見かけたら、少し思い出してみてください。
北海道のデータセンター。
AIでイチゴを育てようとする人たち。
そして、インターネットの可能性に心を動かされた一人の学生。
株価の数字だけでは見えない、企業の姿が浮かんでくるかもしれません。
企業を知ることは、投資を学ぶ楽しさの一つ。
今回の記事が、そんな新しい企業との出会いになればうれしく思います。
📚 参考資料
本記事は、2026年10月29日時点で確認できる、さくらインターネットの公式資料などを参考に作成しています。
※本記事は企業理解を目的とした情報提供であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。

